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●● レビュー Stands up for the Gatesシルビア(エバリン・プリーア)は、南部で学校の先生をしていた。コンラッド(ジェームス・D・ラフィン)と婚約して幸せだったが、ラリーという男性にも求愛を受けていた。しかも、今シルビアは北部のボストンに居るラリーの姉妹アルマ(フロ・クレメンツ)の元に居て、ラリーの気持ちを知ったアルマは仕組んで、シルビアとコンラッドの仲を悪くさせてしまった。失意の中、南部の学校に戻ったシルビアは、学校を続けていくにはお金が掛かる事を知り、資金作りのために北部に戻るのだが... 黒人監督のパイオニア、オスカー・ミショーによる論争を呼んだ映画。1915年の「国民の創世」へのアンサーソングならぬアンサー映画。その年1915年に実際にあったレオ・フランク(ユダヤ人)の事件が元になっている。この時代はそういう事件や事柄が多かったと考えてもらって構わないと思う。実際に「国民の創世」上映以降リンチ事件が多発している。オスカー・ミショーもアトランタで実際にリンチを目撃しているとも言われている。 映画はシルビアという女性の悲劇を通してリンチの非情さや、南部黒人の扱われ方を描いている。 確かに「国民の創世」を生み出したD・W・グリフィスほどの映画技術(または機材とでも言おうか)はオスカー・ミショーは持ち合わせて居なかったかもしれない。しかし、映画を見た後は切なさや怒り、そして考える頭脳という物は、何倍もの衝撃と共に生まれてくる。それは、D・W・グリフィスが黒人は「皆」愚かだと決め付けていたのに対して、ミショーは2人の白人の婦人(1人は差別的、1人は博愛主義者)、そして愚かな黒人をも描写した事によって、人は1人1人違っている事を表現しているから、映画はもっと大きなテーマを扱っているように思える。とは言え、映画のエンタテイメント性を失わずに、ドキドキハラハラする物語を展開していき、更にはラブロマンスという要素も含んでいる。 映画としては完璧じゃないかもしれない。未熟だったかもしれない。でも人として立ち上がった勇気。オスカー・ミショーが成し遂げた偉業は、80年も経った今ですら人を動かす・考えさせるパワーが宿っている。 (Reviewed >> 8/11/07:DVDにて鑑賞) |
●● 100本映画 Not Yet |
●● トリビア ブラックアメリカン映画の父オスカー・ミショーが「The Birth of Nation/国民の創世」へのアンサーとして作った映画。南部でのリンチシーン等の映像もある。 またそのリンチシーンにより、この映画のフィルムは1990年代まで見つからずに、ようやくスペインで発見され、1992年にニューヨークで70年の時を経て公開された。 日本では、アテネ・フランセ文化センターにて上映されたときに『我らが門の内にて』の邦題、Netflixでは『境界線』という邦題となっている。 |
●● その他 |
●● 受賞歴 >> National Film Preservation Board, USA1992 National Film Registry |
●● サウンドトラック Soundtracks not available |
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●● インフォサイト http://www.imdb.com/title/tt0011870/http://en.wikipedia.org/wiki/Within_Our_Gates Not available from Allcinema |
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